取り組む謎宇宙の謎02 宇宙のレシピ 化学的進化

宇宙の元素は
どうやってつくられてきたのか?

銀河団中の高温プラズマには、宇宙史的な規模での元素合成の歴史が刻まれている。恒星や超新星でつくられた元素は、星間空間を経て、水素を主とする銀河間プラズマを少しずつ酸素や窒素、金属元素などで豊穣さをましていく。恒星や超新星の種類によって、つくられる元素の組成パターンが異なるので、それぞれの残した組成パターンを詳しく調べることで、数十億年にわたる元素合成の歴史と、それを生み出した恒星や超新星の歴史を知ることができる。

もちろん、これらの基本となるのは、我々の住む天の川銀河や、近傍の銀河でみられる超新星爆発の様子から得られた知見である。XRISMは、銀河系に数多く残されている超新星の痕(残骸)を、その優れた分解能でX線分光することによって、これまでみすごされきた、微量の元素の割合や、それらの拡散の様子を、これまでにない精度で測定できるので、元素合成の知見も大幅に深まる。

地上の川や海そして大気が地球の物質循環を担うように、高温プラズマは、宇宙の物質循環の場となっている。ビッグバンによって宇宙の始めにつくられた物質は水素やヘリウム、わずかなリチウムやベリリウムであった。惑星や大気や生命をつくっている重要な元素---酸素や窒素、ケイ素、さまざまな金属はすべて、恒星やその終末における超新星などでつくられた。星でつくられた物質は、星間空間にひろがり、新たな恒星や惑星の材料として再利用されるほか、銀河間空間の高温プラズマにも広がっていく。そして、この高温プラズマは、川や海、大気と同じように、「島」から「海」へと流れだし、再び「島」へと降り積もる。さまざまな物質とともに、ダイナミックに運動している。

星間物質の分布図

ミッシングバリオン問題への
アプローチ

高温プラズマの質量の大半をしめる陽子や中性子は、バリオン(重粒子)のなかでとくに寿命が長く、宇宙における物質生成の歴史において重要な位置を占めている。しかし、宇宙の歴史のなかで、バリオンは常に高温で電離していたわけではない。ビッグバン後、高温の宇宙で生成された最初の物質は、電離したプラズマであった。宇宙は膨張するにしたがって低温になり、宇宙誕生後30万年ぐらいになると、バリオンは電子と結合し、プラズマから中性原子となっていく。その後、3億年ぐらいに最初の恒星が誕生し、その放射によってふたたび中性原子は加熱され、プラズマ化し、現在の高温プラズマがつくり出されてきたと考えられているが、観測される高温プラズマの量だけでは、ビッグバン後に生成されたと推定されるバリオンに大幅に足りない。

これは、中間的な温度のプラズマが観測できていないためと考えられている。中性あるいは低温のガスは、電波や可視光分光によって観測できる。一方、高温プラズマは、それ自身がX線を放射するのでX線分光によって観測される。しかし、残された中間的な温度のプラズマ、すなわち、1万度から100万度のプラズマを観測するのは難しい。なぜなら、その温度のプラズマが発する熱放射は紫外線領域に顕著になるが、その紫外線は宇宙に大量にある水素ガスによって減衰されるため、遠方から観測するのがきわめて困難であるからだ。このため存在が予想されるものの、観測によって確認されていないこれらはミッシングバリオンと呼ばれている。ミッシングバリオンの量と元素組成を調べることは、宇宙史における物質生成シナリオの残された重要なピースである。

XRISMによる超高分解能X線分光装置には、この中間温度のプラズマの観測の期待もかかっている。もちろんX線天文衛星であるXRISMでは、プラズマ自体の発する紫外光は見えない。しかし、太陽大気上層の比較的低温の彩層が、太陽の可視光スペクトルに暗線(フラウンホーファ線)をつくるように、明るいX線源に、この中間温度プラズマを透かしてみると、含まれる低電離元素による吸収スペクトルが見えると期待される。光源としては、遠方の明るい活動銀河核などを用いる。吸収線スペクトルから、プラズマの温度を知り、また元素組成を測るために、XRISMの超高分解能X線分光能力が必要とされている。